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「 ◆「ハ」行の作者→その他 」 の記事一覧
2006.12.17 Sun
『蝉しぐれ』
人間の「強さ」というのは、いかに「信じられるものがあるか」ということではないかと
この本を読んで強く思いました。 あらすじ:時は江戸時代。庄内地方は海坂藩(架空)。 普請組屋敷に住まう元服前の少年・牧文四郎は 自らの仕事に誇りを持つ父・助左衛門に尊敬の念を抱き、 良き友にも恵まれ、隣に住む幼馴染の少女・おふくを気に掛けながら 日々をしっかりと文武に励んで過ごしていた。 が、蝉の声が狂ったように鳴きたてる夏のある日、 父が死罪になるという事件が起こる―。 ※以下、若干ネタバレありかも。未読の方はご注意を。 いちばん印象に残ったシーンをあえてあげるなら 父が切腹に処されることが決まり、最後に対面が許可された場面。 崩れそうな気持ちをグっと堪え、しかし伝えたかったことは何も言えぬまま父と別れた文四郎。 外で待っていてくれた親友・逸平にその次第を語る途中、逸平の「泣きたいのか」の一言に 「おやじを尊敬していると言えばよかったんだ」と涙を流す。 そして後日。父の遺体をたった一人で取りに行き、 家までの道のりを、酷暑の中、車を曳いてひたすら歩く。 今まさに父と二人きりでいるのだと、自分を叱咤しながら・・・。 そこに現れて手伝いを申し出てくれた道場の後輩の言葉と 物言わず手を合わせて車を曳いてくれたおふくの姿に 読んでいて、切なさと温かさが入り混じってきて、涙が止まりませんでした。 罪人の身内となった文四郎は、藩からの過酷な冷遇にさらされがらも決して自らを見失いません。 その鬱憤を剣の鍛錬へと一心に向け続け、類稀なる強さを身につけていきます。 その姿に、読んでいるこちらが心底励まされるような気持ちになりました。 そして、彼にそうさせていたのは、亡き父を信じる気持ち、母を守らなければという責任感 加えてそんな環境にあっても変わることなく自分と接してくれた親友とおふくの存在でした。 「信じるものがある」、それが「強さ」に繋がっていく。 文四郎は、人間としても男としても、とても魅力的でした。 また、登場する人物それぞれに強い意志や自我があり 文四郎を支える人たちも、敵対する人も それぞれが抱える心理背景が細部にわたってしっかりと描かれていました。 さらに特筆すべきはその自然描写の巧みさ。 とても何気なく盛り込まれているのだけれど、 川のせせらぎや陽射しの強さ、吹く風の勢い、広がる田園風景など 鮮明に目に浮かぶように、心にすーっと入り込んできました。 最後になりましたが、幼馴染・おふくとの関係もこの物語の軸。 互いに惹かれあいながらも、その気持ちを伝える機会を得ないままに 二人には決定的な別れが訪れます。 ほんの少しのすれ違い。そこがもう本当に切ない。 けれど、幾年の月日が過ぎようとも、立場がいかに変わろうとも 二人は深いところで繋がっていて、その気持ちを拠り所としているのです。 物語の終盤に起こる事件で、二人は導かれるように再会します。 僅かな時間だけれど心を交わす姿は、緊迫した場面の中であっても美しかった。 そして、二人が長年抱えていた悔いや憂いが拭き取られていくようなラストが、私は好きでした。 あの時ああしていれば・・・という 普段は心の奥底に隠している気持ちって、大なり小なり誰にとってもあると思うのです。 その蓋を開けるスイッチを押されてしまったというか、 読み終わったあと、切ないけれど、心地よさも残る素敵な本でした。 それにしても、何度涙を拭ったことか! 質のいい読書をさせてもらったという気がします。 時代小説って、難しいとか分かりにくいとかいうイメージがあって 今までずっと敬遠していたのですが、 文体も瑞々しくて、馴染みやすくて、ただただ素晴らしかった☆ 読んでよかったと、心から思える本だと思います。 (2006年12月17日読了/☆5)
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