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「 ◆「ヤ」行の作者→その他 」 の記事一覧
2007.10.27 Sat
『悪人』
悪人 悪人
吉田 修一 (2007/04)
朝日新聞社出版局

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 あらすじ:
佐賀県と福岡県の県境にある三瀬峠で、石橋佳乃というOLの絞殺死体が発見される。
彼女はその日の晩、出会い系サイトで出会った清水祐一と会う約束をしていたが、 
かねてより好意をもっていた大学生・増尾圭吾に会うと同僚たちに嘘をついていたのだった。
事件の争点は、その日を境に姿を消した増尾の行方
そして、実際に佳乃と待ち合わせをしていた祐一の行動に絞られる。
彼女がこの日実際に会ったのはどちらだったのか。
誰が三瀬峠に彼女を連れて行ったのか。誰が彼女を殺したのか。
「悪人」とは一体誰のことなのか―。


殺されてもいい人間なんて、この世にいないはずだけれど
瞬間的に他人に殺意を抱かせてしまうような言動をとる人間が存在するのもまた
悲しいけれど事実なのだと思う。
加害者はもちろん断罪されるべきだが、この作品では加害者の人間性のみならず
事件に至るまでの被害者の言動や事件の発端となった第三者の存在、
そして当事者の家族や友人等が、それぞれ異なる視点で1つの事件を振り返る構成をとることで
絶対的な「悪人」の存在を時に強調し、また時にぼやかす。
意図的に振り幅を持たせている感じがすごく効いていて、面白く読み進めることができました。

※以下、少しネタバレありかも。

他人と付き合うことのバランス感覚が著しく乏しい祐一、
プライドばかり高くて自分のことしか考えられない佳乃、
都合の悪いことからは逃げ回る卑怯者のくせに、自分を大きく見せようとする増尾、
出会ったばかりの男を信じ、自分の人生を投げ出そうとする光代。
この事件に関わる若い男女はみな孤独で、愚かだ。
でも、そんな彼らにも嘆き、悲しみ、苦しんでくれる肉親がいる。
祐一の祖母や佳乃の父といった、地に足をつけて懸命に生きてきた人たちの思いが
きちんと描かれていて、作品に厚みが増していたように思います。
中でも、佳乃の父親の言葉が胸に染みました。

「今の世の中、大切な人もおらん人間が多すぎったい。
 大切な人がおらん人間は、何でもできると思いこむ。
 自分には失うもんがなかっち、それで自分が強うなった気になっとる。
 失うものがなければ、欲しいものもない。
 だけんやろ、自分を余裕のある人間っち思い込んで、失ったり、欲しがったり
 一喜一憂する人間を、馬鹿にした目で眺めとる。そうじゃなかとよ。本当はそれじゃ駄目とよ」



この言葉が、4人のうちの誰か1人でも届いていれば
そもそも事件は起きなかったのかもしれない。罪が軽くなったかもしれない。
これは今、実際に世の中で起きている事件にも言えるのではないかと、そう思いました。



法律には触れない程度の悪事をはたらき、その悪意を隠そうともしない人間や
他人の弱みに悪意をもって付け込み、優越感にひたれる人間を「悪人」とするなら、
犯人自身は決してそうでなかった、という風に読ませるところが
この作品で唯一違和感をおぼえた点でしょうか。
彼は「シーソーの上になることが我慢できない人」なのではないか、と私は思いました。
罪を自分が背負いこむことで、シーソーを真っ直ぐにしようと必死になっただけで
彼自身は「悪人」ではないのかもしれない。それも分かります。
でもやっぱり衝動的に他人の命を奪ったというその1点で「罪人」なのだから・・・。
彼が殺害後に出会った光代に対する気持ちがたとえ本物だったとしても、
「もっと早く出会っていれば」なんてやっぱりムシのいい台詞にしか聞こえず、
あの逃避行が美化されたまま終わったとしたら納得できなかったかもしれません。

でも、最後の最後に彼自身の手で彼女をシーソーから引きずり降ろすシーンは
彼女を、そして読者を再び戸惑わせるインパクトがあったし、
そうしたことで、タイトルを『悪人』としたのも「なるほどなぁ」という感じでした。



長くなりましたが、まだまだいろんな真実が埋め込まれている小説だと思います。
ボリュームのある1冊ですが、読み進めていく中で自分の感情をひっくり返し、
その行間からたくさんの重い思いを感じ取る楽しみがある、見事な作品でした。

(2007年10月22日読了/☆4.5)
 
 

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2007.03.05 Mon
『風味絶佳』
約10年ぶりくらいに手にとった山田詠美作品は
鳶職、清掃作業員など肉体を使う仕事に従事する男たちとの愛を描いた6つの短編。
色んな風味を兼ね備え、まさに恋愛の滋養豊富といった感じの1冊でした。

風味絶佳
風味絶佳
posted with amazlet on 07.03.05
山田 詠美
文藝春秋 (2005/05/15)

ストーリーの感想よりも何よりもまず、
文章の持つリズム感の素晴らしさ、句読点の使い方に驚きました。
短いセンテンスでまったく贅肉のない文章といった感じ。
それでいて情感をこれでもかとえぐるように的確に切り取っていて圧巻です。
言葉をここまで端的に表現できるというのは
おそらく誰よりもご自身がご自分の文章を幾度となく読み込まれ
そこから感じる音に心を研ぎ澄ましておられるからだろうなと、若輩ながら感じ入りました。

さて、6編に共通するのは、男性がすべて肉体労働に従事している点。
そして、男女の三角関係を描いているという点でしょうか。
以下、それぞれのストーリーです。

  *  *  *  *  *

「間食」
自分に一方的に尽くしてくれる年上の女と同棲する鳶職の男。
その一方で浮気相手の若い女のもとへ通い、彼女を可愛がり甚振ることに快楽を感じている。
「夕餉」
ゴミ収集車に乗っていた男に惚れ、窮屈な結婚生活から逃げ出した人妻。
手間をかけ料理を作ることとゴミを丁寧に分別すること。彼のためにできることが生き甲斐となる。
「風味絶佳」
ガソリンスタンドで働く男の子。職場に気になる女の子がいる。
70歳を過ぎてもなお現役の女を自負する祖母「グランマ」が2人に与える影響とは。
「海の庭」
両親が離婚し、母の実家へ引っ越す日に作業員として現れたのは母の幼馴染だった。
初恋を取り戻すように実家の庭でプラトニックに逢瀬を重ねる母と男性。そしてもつれていく娘。
「アトリエ」
排水槽の清掃を仕事にしている男。ある日作業に向かった先で暗い表情をした女性と出会う。
彼女と結婚し、彼女の翳りを取り去れるのは自分だけだと次第に悦に入る男・・・。
「春眠」
火葬場に勤める自分の父親が、大学時代から好意を寄せていた自分の同級生と再婚することに。
2人の関係に納得できず反発してしまう息子の思い。

  *  *  *  *  *

感想を一言で言うなら、少し怖かったです。
あえて言い切ってしまえば、
この本に登場する男女の愛の形に共通するのは「与えること」。
肉体労働も、料理も、セックスも、暴力も
甲斐甲斐しさも、レディーファーストも、初恋の再現も、共に添い遂げようとする意志も・・・。 
相手に何かを与えることによって自分が受ける快感や使命感。
大げさに言ってしまえば、生きていく意味をそこに見出し酔いしれる刹那。
2人だけの小さな世界に溺れている人の姿は、美しいと同時に少し怖いのです。

ひとりの女性として感じたままに書くならば
「間食」「夕餉」「アトリエ」の世界は苦手でした。
なんというか、傾ける愛情と隣り合わせの狂気の世界にゾクっとする感じ。
だって「間食」と「アトリエ」なんてタイトルの付け方からして既に(苦笑)。
あと、「アトリエ」のラストが何度読み直してもよく分からなかったのです。
追い詰めていく感じはイヤになるくらい伝わってきましたが・・・。

反対に「海の庭」はとても好きでした。
母と娘と、母の初恋の相手。それぞれの細やかな心の描写も、重なる風景の描写も秀逸。
「春眠」も父と息子と、父の再婚相手。キャラクターがはっきりしててラストが気持ちよかったです。

実は山田詠美作品を最後まで読めたのはこれが初めてです。
10年前くらいに何度も手に取りながら、何故か最後まで読めない。
そのうちに読まず嫌いになってしまっていました。
そして読んでいて思い出しました。
作品としてどうこうじゃなく、私は山田詠美さんが描く男性がたぶん苦手だったのです。
恋愛に対する感受性、繊細さ、危うさ。どれも自分にないものだから、ドギマギしてしまう。
その素晴らしさが「分かる人には分かるのよ」という感じを受けてしまって
晩生の私にはちょっとしんどかったのです。

でも、その「追いつけないなぁ」という感じは半分くらい消えました。
私が(いや、山田詠美さんの作品も)いい意味で歳を取ったからでしょうか。
それとも今回登場する男性がみなどこか達観しているからか―。

とにかくお腹いっぱい、ご馳走さまという感じで読み終えました。

(2007年3月2日読了/☆4) 
  

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